共産主義は間違っている!
国際共産主義勢力、文化共産主義勢力の攻勢に勝利しよう!

勝共運動による救国救世

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世界で既存の政権が揺れています。チュニジアやエジプトの「アラブ民衆ネット革命」は、政権に「正統性」が存在しないと主張し…続きを読む

アラブ諸国で「民主化」のドミノ現象が続いています。…続きを読む

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第4回
共産主義は食糧生産をどのようにして阻害したか

2011年3月5日

いま世界中で食料価格が上がっています。気象の不順や途上国での需要拡大、そして投機マネーが流れ込み、それらが複合的に重なって価格が上がっているようです(「今日の視点」2月25日参照)。
 では、北朝鮮の場合はどうでしょうか。北朝鮮では1990年代半ばに大規模な餓死者を出したように、慢性的な食糧不足に陥っています。ざっといえば、年間500万トンの食糧が必要なのに生産能力は350万トン程度。つまり毎年150万トン足らないのです。これを中国から輸入したり、国連の世界食糧計画(WFP)から援助をもらったりして、しのいできました。金正日総書記は今年1月、在外公館に対して80万トンの食糧を確保するよう指示したといいます。80万トンといえば、北朝鮮が中国から昨年輸入した食料の5倍分に相当します。なぜ80万トンの緊急確保を命じたのかというと、諸説があります。3月から5月の食糧生産の狭間期に備えて準備する、いや、近く核実験をやるつもりで、そうなれば国際社会の経済制裁は一層厳しくなるので、早めに食糧を確保しておく。そんな憶測を呼んでいます。いずれにしても人民のお腹を満たせないのです。

神格化された個人独裁と経済システムの欠陥

その原因は単に北朝鮮の土地柄だけではありません。かつて北京から高麗航空に乗って平壌に行ったことがあります。上空から目にした北朝鮮の大地は見るからに黄色っぽく、中国や韓国の黒っぽい肥沃な大地とは明らかに違っていました。金正日総書記が後継期に山の中腹まで開墾するよう命じたことが影響しているそうです。それによって山崩れが相次ぎ、土砂が川に流れ込み、川底はあがって洪水が多発し、田畑にも土砂が入り込みました。それで大地全体が黄色っぽくなっていたのです。
 おまけに金総書記は密植を命じたといいます。稲作で密植は禁物ですが、隙間があるので生産量が少なくなるとでも思ったのでしょう。首領様の指示には誰も逆らえず、密植によって生産量はさらに下がりました。そういうわけで北朝鮮の食力不足は明らかに人災、それも神格化された個人独裁による災害です。
 共産主義に基づく経済システムが食糧生産を阻害するケースもあります。その典型例が中国でした。文革後の1970年代に中国の農村部を視察したことがあります。人民公社の集団農場では人民はずらっと一列に並んで、鍬を下ろしています。そのスピードといえば、実にもゆっくりしたもので、働く気力がまったく感じられません。ところが、近くに自留地がありました。当時、わずかな狭い場所ですが、各戸に自留地が認められていたのです。そこでは夫婦がそれは熱心に、きびきびと働いています。人民公社の公設市場と自留地からの自由市場もそうで、公設市場は売る気がないのか、活気がなく静まりかえっています。自由市場のほうは「買って、安くするよ」といった掛け声が飛び交っています。いかに自由が活力を生み出すか、共産中国で改めて教えられました。さすがに鄧小平は人民公社を潰してしまいました。

マルクス主義の僕だったルイセンコ学説
トロフィム・ルイセンコ

これに対して共産主義思想そのものが農業を壊す典型的事例が旧ソ連にあります。それはマルクス主義の弁証法的唯物論によってもたらされました。この考え方は「変化」を強調します。世界は不断に運動・発展していると捉えるのです。革命に誘うには、不易(変わらない)を言うわけにはいかないので、変化ばかりを強調するわけです。
 これを農業に持ち込んだのが、ルイセンコ(1898~1976年)という生物学者でした。彼はウクライナの農家に生まれ、キエフの農業専門学校を卒業後,アゼルバイジャンの農事試験場に勤務し、後にメンデル遺伝学を根底から否定する、新たな新しい遺伝学の体系を作りました。これがルイセンコ学説と呼ばれるものです。彼は事物の変化のみを強調する弁証法的唯物論を生物学にも適用し、ときの指導者スターリンの絶大な信頼を得ます。そして1930年代からソ連農業を指導するようになったのです。
 ルイセンコ学説の特異な点は、メンデル・モーガンの遺伝学説に公然と異議を唱えたことです。遺伝学説は形質が遺伝子によって子孫に伝えられるとし、遺伝子の不変性や種の不変性を主張します。これは事物の絶えざる変化や発展のみを主張する弁証法的唯物論とは相容れません。そこでルイセンコはブルジョア的・形而上学的学問として攻撃し、これを唱えるソ連国内の生物学者を粛清してしまいました。
 彼は秋まき小麦を春化処理によって春まき小麦に変える実験を通じて、環境によって生物の遺伝性が規定されることを明らかにしたと言い張り、遺伝学説を真っ向から否定したのです。小麦には秋にまく2年生と春にまく1年生があり、秋まき小麦のほうが収穫量が多いのですが、秋まきは冬の冷害にやられやすいという問題があります。そこでルイセンコは、秋まき小麦の種子を一定の期間冷蔵して(つまり、環境によって形質をかえ)春にまけば、その麦は実をむすび大収穫を得られるはず-と、主張したのです。これをスターリンが後押しして、1930年代から実に30年以上にわたって全ソ連の農業分野でルイセンコ学説が大手を振ってまかりとおったのです。

技術も人材も失ったイデオロギー至上主義の悲劇

その結果、どのような事態を招いたのか。ちょうど30年前のことですが、NHKが1981年から1年以上にわたって放映した大型企画番組『日本の条件』というのがありました。マネーや食糧、医療など日本が抱える問題をさまざまな角度から探り大きな反響を呼んだ番組です。その中で取材陣は「ソ連ではどうして毎年のように不作が続くのか」との疑問を抱き、ソ連各地を取材し、ルイセンコ学説がもたらしたソ連農業の破壊をつぶさに描き、話題になりました。
 番組ではルイセンコ学説を暴露し告発する論文をソ連で地下出版した、生物学者ジョレス・メドベージェフ氏を亡命先のロンドンでインタビューしています。同氏はルイセンコが農業科学分野で最高の地位を与えられ、スターリンやフルシチョフにつねに支持されていたので、農場ばかりか全ての高校から大学に至るまで思想支配されていたと語っています。当時のチーフ・プロデューサー、岩下恒夫氏は「ソ連農業界は30年に及ぶルイセンコの時代に種子改良についての技術も、人材も失った」と記しています(NHK出版『日本の条件』7)。ルイセンコ学説の結果、「ひでりに強い作物も寒さに強い作物も選抜できず、ソビエトの深刻な農業不振につながった」(メドベージェフ氏)という深刻な事態をもたらしたのです。
 唯物弁証法の立場から見れば、ルイセンコの主張は理論的にはまったく正当なものでした。それなのになぜ、ルイセンコはソ連人民に多大な犠牲を強い、失敗してしまったのでしょうか。それこそ変化のみを主張する弁証法的唯物論の理論が間違っていたことを証明して余りあります。共産主義が変化にこだわるのはどうしてでしょうか。その理由をスターリンは「世界は不断の運動と発展のうちにあるならば…資本主義制度を社会主義制度にとりかえることができる」(『唯物弁証法と史的唯物論』)と、革命のためだと率直に述べています。つまり、共産主義は革命を正当化するための理論にほかならなかったのです。ルイセンコの誤りがソ連で確認されたのは実に1960年代のことでしたが、彼らは共産主義が間違っていたとはけっして言いませんでした。その失敗の影響は1980年代以降にも続き、ソ連を崩壊へと導いたのです。

目的を中心とした相互関連性と変化

ルイセンコの失敗は自然現象を変化のみで見ようとする、ものの見方、考え方の誤りを浮き彫りにしています。では、私たちはどう考えるのでしょうか。勝共思想では、すべて事物において不変と変化、自己同一性と発展性は不可分に統一されていると見ます。つまり、すべて事物は自己同一性を保ちながら変化、発展していると見るのです。植物も動物も人間も、みな不断に変化、発展(成長)しながらも、おのおの不変なる特性を維持しています。たとえばリンゴの木は成長(変化)しながらも、リンゴの木であり続けています(不変)。あるいは馬も成長しながら(変化)、馬という動物であり続けているのです(不変)。このようにリンゴはリンゴの木として生存し、リンゴの実をみのらせるという目的を中心として存在しているので、自己同一性を保ちながら変化や発展しているのです。馬も同様です。ところが、過去の形而上学は自己同一性(不変)のみを扱い、弁証法的唯物論は発展性(変化)のみを主張してきたのです。それらはいずれも一面的にしか物事をとらえておらず、ここから問題が生じるのです。
 「変化」と「不変」を考える一つの例を挙げてみましょう。ヒトゲノムの遺伝子暗号の全解読がほぼ完了しています。このヒトゲノムについて筑波大学名誉教授の村上和雄氏は「この膨大な情報が、極微の空間にどのようにして書き込まれたであろうか、という不思議な感慨にとらわれている」と述べています(『サムシング・グレート』の不思議=産経「正論」2002年4月7日付)。人の細胞は約60兆個。その一つ一つが命をもち、この集合体が毎日、喧嘩もせずに見事に生きている、この大自然の偉大な力(サムシング・グレート)によって私たちは生かされている、と村上氏は感嘆しているのです。その細胞は、大概はおよそ数カ月で“死滅”し、新たな細胞に変わっていくとされます。細胞レベルではまったく別の細胞に変わっていくのですが、人間レベルで見れば人間として何か別のものに変わったわけではありません。あくまでも自己同一性を保っています。つまり自己同一性を保ちつつ変化しているのです。

神の存在を否定するところから根本的誤り生じる

このように自然界における相互関連性と変化は、目的を中心として成り立っています。つまり、目的を中心とした相互関連性と変化なのです。その目的を立てた意志(宇宙意志、村上氏がいう「サムシング・グレート」)が在るということ、すなわち神の存在を認めない限り、相互関連性も変化も説明できないのです。その神を否定するところが共産主義の決定的誤りと言えるでしょう。
 「不易流行」という言葉をご存知でしょう。もとは芭蕉の俳諧の用語だそうですが、不易は変わらないこと、流行は流れゆく変化をいいます。永遠性と変化性。矛盾するようですが、俳諧ではどちらも風雅の誠から出ているので根元はひとつといいます。勝共思想と通じるものがありますね。

第3回
政権の「正統性」を古代ギリシャの政治思想で考える

2011年2月26日

思想とはものの見方、考え方のことを言います。何か出来事に遭遇したとき、それをどう捉え、どう判断するのか、そうしたものの見方、考え方。その体系だったものが思想というわけです。今回は政治の思想について考えて見ましょう。

エジプトとリビアの政権に正統性はあったか
カダフィ大佐

世界で既存の政権が揺れています。チュニジアやエジプトの「アラブ民衆ネット革命」は、政権に「正統性」が存在しないと主張し、エジプトでは軍もこれに同意し、29年間にわたって君臨したムバラク大統領を辞任に追い込みました。いったい政権の「正統性」とは何なのでしょうか。アラブの変化はこのことを改めて私たちに突きつけています。
 アラブ諸国では政権の性格はさまざまです。エジプトでは1952年のエジプト革命、リビアでは1969年のクーデターによっていずれも王制を廃し、共和制を作りました。と言っても形態はまったく違います。エジプトは憲法を制定し、議会がありますが、リビアにはいずれもありません。リビアの国名を日本語に訳しますと、「大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国」だそうです。ちょっと長すぎるので、単にリビアと呼んでいます。ジャマーヒリーヤとは最高指導者カダフィ大佐による造語で「大衆による共同体制」を指し、「大衆によって支配される共和国」なのがリビアというのです。しかし、いくら美辞麗句を並べ立てても実態は「カダフィのリビア」それも個人独裁で、それに疑問を抱く大衆が立ち上がったのが今回の騒乱でしょう。つまりカダフィのリビアには政権の正統性がないと人々は判断したのです。

ムバラク大統領

これに対してエジプトの正式名はエジプト・アラブ共和国です。共和国で民主的に見えますが、大統領は議会が候補者を指名し、それを国民が信任投票を行うだけです。議会は国民の直接選挙で選びますが、大統領の選任枠があったり、宗教政党を厳しく禁止したり、あるいはサダト大統領が暗殺されて以来(つまりムラバク大統領が就任して以来)、30年近く戒厳令をしき、必ずしも自由な選挙ではありません。共和制になって以降、歴代大統領は事実上、終身大統領でした。アラブの性質もありますが、高齢のムラバク大統領は次の大統領選挙に子息を後継に立てようと目論み、ついに「世襲」を考えるに至ったのです。こうなれば共和制としての政権の正統性は一層、怪しくなります。これも民衆革命を誘引したひとつとされます。

北朝鮮の「世襲」や王制の権力独占が問題を生む

共和国でありながら「世襲」を試みているのは北朝鮮です。正式国名は朝鮮民主主義人民共和国です。この国の世襲にも正統性が問われます。すでに金日成主席を神格化し誕生日を「太陽節」にしていますが、それを継承・発展させた金正日総書記を「偉大な指導者」とし、その「金日成の血統」の中に朝鮮労働党があるという論理立てで金正恩副委員長への「世襲」に正統性をもたせようとしています。民主主義人民共和国としてはいささか屁理屈の正統性で、いっそのこと「金氏朝鮮」とでもすれば辻褄もあうでしょう。どっちにせよ、人民の多くは心の中で政権の正統性を認めておらず、いずれ民衆革命が起こるに違いありません(中国共産党政権の正統性については2月23日付「今日の視点」参照)。
 王制なら「世襲」にも疑問がないでしょう。英国王室ウィリアム王子の結婚式が世界で関心の的となっているように英国の王は世襲です。これに異議を唱える人は少数でしょう。わが国の場合は、万世一系の天皇の世襲で、私たち国民はそういう歴史と伝統を誇っています。英国や日本は立憲君主制の国です。伝統的あるいは宗教的な権威と、この世の政治権力を分離し、それで君主制であっても民主主義国なのです。民主主義を至上のものとする欧米の人々もこれに異議をとなえることはないでしょう。
 しかし、王制が権威と権力の両方をもつようになると、アラブの王制がそうであるように問題が生じます。独裁政権に陥り、王家やその一族に連なる一部の特権階級だけがオイルマネーの恩恵を独り占めし、優雅な生活を送ります。そうすると恩恵に浴さない圧倒的多数の人々とりわけ若者の不満が溜まり、行き場のなくなった若者はモスクで学んで「ビンラディン」(国際テロリスト)の道を辿ったりします。あるいはジャスミン革命を契機に政権変革を求めるようになるでしょう。

古代ギリシャが現代の政治課題を浮き彫りにする
プラトンとアリストテレス

王制なのか、民主制なのか。こういう問いは、実に数千年前から発せられています。古代ギリシャがそうです。思想新聞の連載「応用編 勝共思想」の政治の巻において3月1日付からギリシャの政治思想に入り、このことを論じていきます。ここでちょっと先読みしてください。
 政治は英語で「plitic」というように、もともと政治という概念は古代ギリシャにおけるポリス(polis)から始まっています。ポリスとは都市国家のことで、紀元前1900年頃から紀元前8世紀頃に登場しました。そのポリスを舞台にさまざまな政治体制が登場しました。その登場過程をまとめますと、専制君主制→貴族性→民主制へと移り、あるいはこの形態を行き来しながら修正し、最後はアレクサンドロス大王とその後継者の支配に組み込まれて終わりました。そのプロセスが実に現代的です。
 プラトンとアリストテレスはそうした政治形態を論じています。彼らは、正しい国制として、①唯一の人間が支配する「王政」②少数の人間が支配する「貴族政」③多数の人間が支配する「ポリティア」の3つをあげています。ただし①の王とは「哲学王」であり、②の貴族と③の多数の人々とは徳と叡智に生きる人々(最善者)のことを指しています。そういう王や人々による政治なら「王政」も「貴族政」も「ポリティア」も正しい政治だというのです。しかし、いかんせん人間は神でありませんから、実際はこの3つの国政は正しい姿から逸脱し堕落したといいます。プラトンによれば、この3つは次のように崩れていきます。すなわち①の王政は「独裁者ひとりの利益を目指す『僭主(せんしゅ)政』」、②の貴族政は「富裕階級の利益を目指す『寡頭(かとう)政』」、③のポリティアは「多数の貧民の利益を目指す「民主政」」に堕落するというのです。

衆愚政治を超える「哲人王」を望んだプラトン

このうち「僭主政」と「寡頭政」はわかりやすいですね。僭主とは独裁者のことで、カダフィや金正日を思い浮かべればよいのです。寡頭とは少数者の独裁のことで、これは旧ソ連や中国の共産党(少数者)政権がそうです。いずれも個人の独裁か少数者による独裁政体で、権力を独り占めにし、富を懐に溜め込んで、民衆を虐げます。古代ギリシャでは専制君主の僭主政に嫌気を指した貴族らが王の権力を奪って(あるいは無力化して)少数の寡頭政をしきますが、これには市民権をもった「自由人」らが反発し、民主政へと移行していきました。ところがプラトンやアリストテレスに言わせると、その「民主政」も堕落政体です。なぜなら多数の貧民の利益を目指すので(言い換えると有能な富裕層や貴族を排除するので)、正しい姿から逸脱しているというのです。アテナイの民主政は「善く生きること」を説いたソクラテスを裁判によって死に追いやったように「衆愚政治」に陥るので、断じて正しい国政ではないというのです。
 このように王→貴族→民衆のいずれの国政も堕落したとするなら、いったいどういう国政が望まれるのでしょうか。プラトンは、国家はいかにして「至高の統治階級」を育成し教育できるかが課題だとし、体力、徳力、智力に最も優れた人々が自己犠牲的精神で共同体の正義を実現できるとして「哲学者が王となるか、現に王者とか実力者といわれている人々が真の哲学と政治力とが統一されなければ、国家にとっても人類にとっても決して禍のやむときはないだろう」(『ポリティア』第5巻)と述べています。衆愚政治に陥ったアテナイを救うには、最高善を目指す哲学者が王とならなくてはならないとし、哲人支配の王国を理想としたのです。
 プラトンの弟子アリストテレスは、いかに善く生きるか「最善の人々」を生み育てるのがポリスの任務とし、徳や叡智に生きる「最善者の支配」が理想形態としました。20世紀のスペインの思想家、オルテガは衆愚政治を超えるために「心の貴族たれ」(『大衆の反逆』)と訴えましたが、それはプラトンの「哲人王」やアリストテレスの「最善者の支配」に通じるものがあります。
 さて、あなたはどのような政治形態を理想と考えますか。

第2回
「憎悪の思想」から「真の愛の思想」へ

2011年2月19日

アラブ諸国で「民主化」のドミノ現象が続いています。それも単なる「民主化」に終わらず、バーレーンではスンニー派の少数支配層に対してシーア派の多数労働者層が反発するなど宗派対立の様相を見せ始めています。シーア派の大国と言えば、中東の覇権を虎視眈々と狙うイランがそうですから、アラブ情勢は一層、複雑化していくかもしれません。こうした混乱を超えてアラブの人々が「アッ・サラーム アライクム」(あなたがたの上に平安がありますように)と、和やかに挨拶を交し合う日が一刻も早くきてほしいものです。
 米国やEU(ヨーロッパ連合)、日本を始め世界が恐れるのは「民主化」がイスラム原理主義を台頭させ、国際テロ集団アルカイダといった過激派勢力をのさばらせはしないか、ということでしょう(アラブ情勢は「今日の視点」1月26日付ジャンプ)。こうした過激派勢力は「アッ・サラーム」の心情の対極にいます。それを象徴しているのが、9・11同時多発テロ事件の犯行声明でしょう。それは次のように言います。
 「全能の神は、米国の中枢にある最高のビルの一つを破壊した。米国は以来、あらゆる方角からの恐怖に満たされている。自分の子供たちが血を流して死に、安全な聖域もない。米国は、われわれが80年以上にわたり経験してきた恐怖を身をもって体験している。航空機による嵐(攻撃)はとどまることがないと、思い知れ」(ウサマ・ビンラディンおよびアルカイダの声明=カタール衛星テレビ 2001年10月7日)
 同時多発テロ事件の犠牲者は、日本人24人を含め3000人近くにのぼります。しかし、ビンラディンは犠牲者の遺族の哀しみを顧みることもなく、テロ行為を「報復」と位置付け、自らの行為を「神」の名で正当化しています。イスラム社会は十字軍戦争以来、西欧に抑圧されてきたばかりか、今も米国から不正義を受け続けている、だから米国が仕返しの「神罰」、鉄槌を受けるのは当然である、と言うのです。

アラブの史的トラウマが生み出す憎悪と復讐心

ここに「憎悪の思想」を読み取ることができます。当時、宗教評論家の小滝透氏は「怨念こそ、イスラム原理主義者特有の基本的な心情(西欧嫌い)である。彼らは連綿と続く歴史的怨念を西欧に激しくぶつけ、その政治的軍事的社会的文化的な報復を正当な行為と見なしている」と指摘し、「イスラム原理主義に見られる過剰なシャリーア至上主義(律法至上主義)や政治至上主義(暴力革命やテロリズムを含む)の背景には、屈辱と被害妄想に裏打ちされた史的トラウマ(精神的外傷)が大きく横たわっている」と述べています(毎日新聞2001年9月18日付夕刊)。
 こうしたトラウマを背景に憎悪は雪だるま式に膨らんでいきます。憎悪について辞書には「地球上から無くしてしまいたい気持ちで、その存在を憎むこと」(三省堂『新明解国語辞典』)とあります。つまり憎悪は必ずといってよいほど復讐、仕返しへとエスカレートしていきます。自分が受けた恥辱や怨みに対して、相手も同じようにひどい目に遭わせたい、それが復讐心でしょう。ですから復讐の後にはたいがい「思い知ったか」という言葉が出てきます。前述のビンラディンの犯行声明にも「思い知れ」との言葉が書かれています。思い知った人が再び、憎悪―復讐へと至れば、「ひどい目」に遭う人がまた生まれることになります。そしてその人もまた復讐を遂げようとすれば、「ひどい目」の連鎖は永遠に続いていくことになるのです。仏教ではこれを地獄の中の地獄(最悪の地獄)すなわち阿鼻地獄あるいは無間地獄と呼んでいます。ビンラディンはそんな地獄を「全能なる神」がつくると言っているのですから、これは慈悲深きアラーの神とは無縁な、それこそ「神を名乗る悪魔」を信仰しているというほかないでしょう。
 かくして「憎悪の思想」は、たとえ神を名乗ったとしても人々をして無間地獄へと落としていくのです。

憎悪から「神を殺す」思想を生んだマルクス
カール・マルクス

「憎悪の思想」は共産主義に通じます。通じると言うより、もともと「憎悪」を政治思想へと“高めた”元祖と呼んでよいのが、カール・マルクス(1818~1883年)でしょう。彼が共産主義を形成するに至る出発点(動機)は17歳のときに書いた、次の詩の一節に端的に表れています。
 「神が俺に、運命の呪いと頸木(くびき)だけを残して何から何まで取り上げて、神の世界はみんな、みんな、なくなっても、まだひとつだけ残っている。それは復讐だ! 俺は自分自身に向かって堂々と復讐したい」
 マルクス主義者は無神論者であり、神の存在を信じていないとされます。しかし、彼らの抱く無神論の情念は「神はいない」といった“薄情”なものでなく、「神を殺す」といった“濃情”な、つまり怨念めいたものが秘められています。このことは前回、「戦闘的無神論」として紹介しました。マルクスが1841年にイェーナ大学に提出し、哲学博士の学位を授与された論文「デモクリトスとエピクロスの自然哲学の相違について」の序文に、彼はこう結論づけています。
 「一言にして言えば、私はすべての神々を憎む」と。
 これこそマルクスの信条です。この信条をバックボーンにベルリン大学で学んだドイツ観念論哲学、フランスで学んだ社会主義思想、そしてイギリスで深めた近代経済学を駆使して、マルクスは「神を殺す」思想を共産主義思想として体系化したのです。憎悪はかくも恐ろしいものなのです。
 では、なにゆえにマルクスが共産主義者になり、ビンラディンがテロリストになったのでしょうか。その解くカギが実に「家庭」にあります。マルクスはユダヤ教のラビの家系に生まれ、父の改宗とそれに反対する母との信仰をめぐる軋轢、そしてドイツ社会のユダヤ人迫害と宗教的抑圧という著しい「疎外」の中に育ち、それを父への憎悪と復讐心へと転化させました。加えて初期資本主義社会の悲惨な労働者の生活や自由のないプロイセン国家の矛盾に直面し、そうした社会を容認する神への憎悪へとエスカレートさせ、「宗教は阿片である」と断じて、ついには復讐を遂げる正当化理論として共産主義思想を形成するに至ったのです。

国際テロリスト・ビンラディンの「人間疎外」
ウサマ・ビンラディン

ビンラディンの場合はどうでしょうか。彼の生い立ちは定かではありませんが、彼の父は貧しいイエメン人からサウジアラビアの富豪へとのし上がった伝説的な人物で、多妻であるため52人の子供をなしたと言われます。ビンラディンは18男です。他の兄弟の母がすべてサウジアラビア人であるのに対して、彼の母だけはパレスチナ人でした。父とのそりが悪く、どうやらそこからマルクス同様に憎悪と復讐心を募らせていったようです。彼を取り巻く環境は前述の史的トラウマが満ちており、憎悪が湾岸戦争(1991年)でサウジに駐留した米国へと向かい、ついには卑劣なテロリストに成長していったのです。ビンラディンの思想は体系されたものではありませんが、復讐を正当化するために神を名乗り「ジハード(聖戦)」を唱えているのです。
 こうした思想形成の動機を学び、その克服を目指すのが勝共思想の「マルクス疎外論」です。なぜ思想が形成されていったのか、憎悪の情念がどのように思想化され、それがどのような結末をもたらしたのか、それをはっきりと見定めることが肝心です。そして、その憎悪から人々(むろんマルクスやビンラディンも含めて)を解放しなければなりません。私たちは共産主義に反対する「反共」を単に叫ばず、共産主義に勝利する(超克する)「勝共」を叫ぶのはこのためです。

絶対的愛、真の愛をもって憎悪を超克する

私たち日本の歴史をみますと、浄土真宗の開祖である親鸞は『歎異抄』の中で「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人おや」と述べ、悪人正機説をとなえました。善人よりは悪人こそ、本願力によって極楽浄土へ往生しうるはずだ、と言うのです。阿弥陀仏は、老人でも若者でも、あるいは善人でも悪人でも、分け隔てなく、いかなる人であれ、救い取って決して捨てようとされない。だから信心しなさい、と説いたのです。慈悲や絶対的愛に帰依(ゆだねる)しようと言うのです。
 憎悪に打ち勝つのは、そうした絶対的愛、真の愛をおいて他にはありません。勝共思想は初めに「マルクス人間疎外論」で思想形成の動機と経路を学び、共産主義唯物論、弁証法的唯物論、認識論、唯物史観、マルクス経済学をそれぞれ批判・克服した後、最後に「人間疎外論」の克服をもって終わっています。それは理論的な批判と克服だけに満足せず、共産主義者をも救おうとする、まさに「悪人なほもて」とする本連合創設者、文鮮明師の「真の愛の思想」に基づくからです。人間疎外の克服(つまり憎悪から解放)は全く新しいことではありません。それはキリスト教の「神の愛」、仏教の「慈悲」、儒教の「仁」、イスラム教の「アラーの慈悲」を真の意味で正しく捉え、それを実践することによって可能になると考えるのです。「憎悪の思想」から「真の愛の思想」へ。このことは21世紀においても人類の課題として残されているのではないでしょうか。アラブ情勢をみますと、そのことを改めて実感させられます。

第1回
なぜ勝共は共産主義だけを問題にするのか

2011年2月12日

ようこそ、「土曜塾」にお出でくださいました。本日の土曜日から毎週、勝共思想を学んでいただく講座をもちたいと思います。一方通行の話で恐縮ですが、質問やご意見があればメールを下されば幸いです(「お問い合わせ」から)。
 さて、思想とは何でしょうか。簡単にいえば、考えのことです。それも単に思いついた考えではなく、人生や社会に対する思考の体系のことを指します。ものの見方、考え方。それが思想というわけです。世の中にはいろんな思想があります。例えば、いま政治で話題になっている「子供手当」をとってみても、これをどう考えるか、政府が子供のいる家庭にお金を配るのは子育ての社会化として当然だと考える人もいれば、乞食じゃあるまいし、そんな金が政府にあるなら最初から税金など取るなと考える人もいるでしょう。政府による公的扶助は憲法25条に基づく国の責任とするか(社会主義的)、自助自立が最も大切とするか(自由主義的)、それは人間観、人生観、国家観などの物事のとらえ方いかんによって違ってくるのです。むろん民主主義国家においては、そういう考え方を調整し、あるいはどちらかの考え方に集約して国の施策を形成していきます。それが民主主義社会の原則です。私たちの国はそうした思想あるいは信仰の自由を憲法で保障しています。
 それにもかかわらず、勝共は共産主義という思想を取り上げ、それに反対するばかりか、共産主義に勝つ、克服するとして、共産主義を撲滅しようとしています。これはいったい、どういうことなのでしょうか。

「共産主義による惨禍の世紀」だった20世紀の教訓

人類歴史をたどっていきますと、さまざまな思想が現われました。しかし、そうした思想の中で、神仏を真っ向から否定し、祖先から引き継がれてきた歴史や伝統を封建的として拒否し、ひとたび権力を握ると、それらを抹殺しようとする。しかも、その行為を正当化するために体系的な哲学や歴史観、経済学などで武装している。そんな思想がどこにあるでしょうか。そう、共産主義のほかにはどこにも見当たらないのです。そればかりか共産主義によって失われた自由は2度と戻ってきません。今ではソ連や東欧が自由を取り戻しましたが、それには数10年の長いトンネルを経なくてはなりませんでしたし、今もその後遺症に苦しんでいるのです。
 先日、連合赤軍の元最高幹部、永田洋子が東京拘置所で病死しましたが、彼女は「共産主義化」と称して仲間14人を殺しました。共産国ではそういう風景は日常茶飯事だったのです。20世紀は「戦争と革命の世紀」(ハンナ・アレント)と呼ばれますが、2度にわたる世界大戦の犠牲者は(諸説がありますが)、第1次大戦900万人、第2次大戦3000万人とされます。これに対して共産主義者によって殺された人々の数は実に2億人以上にのぼります。20世紀は「共産主義による惨禍の世紀」と呼ばれてしかるべきです。その意味で共産主義は核兵器以上に恐ろしい存在なのです。それが20世紀の教訓と言ってよいでしょう。そうした思想が広がるのを防ぎ、その思想の持ち主を解放する。このことは国を守るだけでなく、人々の生命と財産を守り、その人(共産主義者)自身の本来の人格も取り戻すことにつながります。それで平和を創建するには勝共思想が不可欠と私たちは考えるのです。

共産主義は悪性腫瘍(ガン細胞)にたとえることができる

自由社会には思想の自由がありますから、神を信じる人もいれば、信じない人もいるでしょう。近代社会にあっては神を信じない(無神論)あるいは物質が宇宙の本質(唯物論)と考える人は少なくないでしょう。そういう人はたいがい、自分は無神論、唯物論だが、思想は自由だから、人さまがどう考えるかは自由、好き勝手にどうぞ、と言うことでしょう。ところが、共産主義も無神論、唯物論なのですが、こうした人とはまったく違っています。それは他人まで無神論、唯物論にしなければ気がすまないのです。ここが根本的に違っているのです。
 無神論を腫瘍にたとえてみましょう。ある細胞が腫瘍になっても、他の細胞まで侵さない、あるいは影響を与えない。そういう場合、その細胞は良性腫瘍と呼ばれます。それは個人主義的無神論者のようなもので、自分はそうだが、他人は好き勝手に、というわけです。これに対して悪性腫瘍(すなわちガン細胞)の場合、その細胞だけが腫瘍になっているだけにとどまらず、他の細胞も腫瘍にしてしまおうとします。転移です。そうしないと気がすまないのです。これがガン細胞の特徴です。そして次から次へと転移していって、正常な細胞を異常細胞(悪性腫瘍)に変えさせ、臓器などの中枢を侵し、ついには死に至らしめます。それで悪性腫瘍は大問題なのです。こういう悪性腫瘍が体に発見されれば、僅かだからといって、あなたは放っておきますか。放っておかず、対策の手を打つでしょう。いくら僅かでも放っておけば、遠からず体全体が侵され、死ぬほかないのです。
 これと同じように共産主義は他者を屈服させ自らの目的を達成しようと、必然的に権力を奪取する運動を伴います。それで勝共思想では共産主義の無神論、唯物論を「戦闘的無神論」「戦闘的唯物論」と名づけ、他の一般的な無神論や唯物論とは厳格に区別しています。共産主義の中でも、国家権力を直接的に奪おうとするのが体制共産主義(共産党などの政治的共産主義)です。直接的でなく間接的に、つまり国家の基礎となっている宗教・文化的基盤を崩していこうとするのが文化共産主義(ジェンダーフリーやフェミニズムなど)です。間接的といっても他者を屈服しようとする「戦闘性」は維持していますので、法律や条例を作らせて(男女共同参画基本法や子供権利条例などのように)、他人に強要しようとします。この点は体制共産主義と何ら変わりません。

「戦闘的無神論」を放置すれば国家は死に至る

スターリンも毛沢東も金日成も、あるいはジェンダーフリーなどを信奉するフェミニストらも、自らに同調しない社会や個人の抹殺を企て、イデオロギー的正義を振りかざして暴力革命、大粛清、文革等々の非人道的行為を平然と行ったり、自らのイデオロギーを巧妙に包み込んだ法律や条例を作らせたりし、社会を変えようとします(共産化です)。それを目指して執拗に働きかけてきます。夫婦別姓でいえば、自分たちが別姓でいるだけでは気が済まず(福島瑞穂氏のように)、それを法律によって制度化し、国民全体を別姓にしてしまおうと企てるのです。だから放置できないのです。良性腫瘍なら放置しておいても被害はその部位だけにとどまりますが、悪性腫瘍の場合、放置すれば全身に及び、ついには死に至るとはこういうことを指します。それで私たちは放置できないのです。自由と文化を守ろうとする者は等しく「戦闘的無神論」に立ち向かい、防備は言うまでもなく勝利して、彼らを正常に戻さねばなりません。それゆえに私たちは「勝共」を叫ぶのです。

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