共産主義は間違っている!
国際共産主義勢力、文化共産主義勢力の攻勢に勝利しよう!

勝共運動による救国救世

人間疎外論の克服その5

唯物論が人間性蹂躙の最大原因
唯物無神論が諸悪の根源と看破したソ連共産党幹部ヤコブレフ氏の指摘をすべてのマルクス主義者は傾聴すべきである

マルクスは当時の資本主義社会における苦痛と不安、貧困と悲惨、犯罪と混乱などから人々(労働者)を救い、彼らの人間性(人間の類的本質)をいかに解放(回復)するかという問題を抱えて、その思想過程を出発しました。このこと自体は是と認めなければならないでしょう。
 しかし、これら問題はなにもマルクス一人が抱えていた問題ではありません。古今東西、多くの宗教家、哲学者、思想家が扱ったものです。マルクスが出発した地点は、多くの精神的指導者が出発した地点と同一なものと見ることができます。同一なる地点から各々異なった方向に向かって、異なった道を歩んでいったのです。
 マルクスの場合、労働生産物の奪還を目標として歩みだしました。それは無神論的・唯物論的方向でした。マルクス以外の思想家の中には、有神論的方向を取った者もあれば、人道主義の道を歩んだ者、あるいは実存主義の道を歩んだ者もいます。
 宗教指導者の中では、孔子は天道に沿って人問疎外の解決の道を追求して儒教を立て、釈迦は如来と慈悲の理想による解脱の道に達して仏教を立てました。またイエスは神のみ言と愛による道を説いてキリスト教を開き、マホメットはアラーのみ言による愛の道理を説いてイスラム教を興したのでした。
 マルクスの提起した人間解放の思想は、宗教的に表現すれば、罪からの人間救済です。しかし彼はすでに見たように人間疎外の本質を誤ったために、資本主義社会の非人問化を厳しく糾弾したにもかかわらず、彼の理論によっては人間性を回復することができず、逆に彼が非難した資本主義社会と同様に、否、それ以上に人間性が蹂躙される社会を出現させてしまったのです。
 ロシアの哲学者ベルジャーエフは次のように述べています。
 「マルクス、特に初期のマルクスにおいて、なおドイツ観念論の痕跡を保っていた時代には、新しいヒューマニズムの可能性があった。彼は非人開化に対する反抗から出発したが、後に彼自身が非人間化過程におぼれ、かくて人間に対する態度において共産主義は資本主義の罪を受け継いだのである」(『ロシア共産主義の歴史と意味』)
 マルクスの最大の誤りは唯物論を徹底したところにあります。「労働生産物からの疎外の解放」を暴力革命による資本主義打倒で実現できるとしましたが、プロレタリアート独裁によって、より一層、人間性の揉爛を招いたのです。

物神崇拝に陥る人間性否定

ソ連共産党政治局員で宣伝部長だったヤコブレフ氏は『マルクス主義の崩壊』(サイマル出版会)の中で、こう自問します。
 「どうして、社会正義と自由の思想がこれほど粗暴に、非人問的に、シニカルに踏みにじられたのか。どうして、農民階級の破壊が、人民そのものに対する血塗られた弾圧が、どうして、エコロジーに対する蛮行が、気を失わせるほどの物質的精神的象徴の破壊が、社会的に容認されたのか。どうして、党国家統治者の特別なカーストの形成や、闘争・暴力・不寛容の国家宗教の普及が、社会的に受けいれられたのか。将来のよりよい生活に対して人間が永遠に抱く希望の破廉恥にも寄生することが、どうして社会的に容認されたのか」
 その原因をヤコブレフ氏は「唯物論」にあったとの結論に達します。
 「実践的で形而上学的な唯物論の理念は、大衆心理をとらえるのに特に都合がよい。それというのも、唯物論は、もっとも単純で誰にも分かる哲学だからである。それは、モノに対する信仰であり、唯一の本質的現実としての物体、物質的恵みに対する信仰である。
 唯物論は、必然的にフェティシズム (物神崇拝)に通じる。唯物論は、精神的選択の問題を取り除き、そのことによって個人の責任、罪、悔恨の問題を取り除いてくれる。唯物論は、人間の精神を骨抜きにし、イデオロギーの操るままにさせる。唯物論の観点からいえば、人間は、機能的現象であり、自然の一部、物質大系が機能するためのひとつの手段にすぎない。
 したがって、唯物論は、権威主義と理念的に結びつき、自由というものを社会や人間の自然な状態とは認めず、選択の自由や、思想、良心、言論の自由を拒否し、こういったものはどれも、物質的存在の不可避的不易の諸法別に従うものだと見ている」
 結局、悲惨な共産主義社会をもたらした最大の原因は唯物論にあったとヤコブレフ氏は指摘するのです。共産主義者たちは、人間の行動の動機が矛盾に満ちた多様なものであり、経済的な関心と並んで、良心、同調、慈悲の心が働くものであることを理解していなかったのだとヤコブレフ氏は言うのです。
 しかし、遺憾なことに今なお、唯物論的な方向によって人問疎外が解放されるとする人々が少なからず残っています。例えば、日本共産党はソ連などの共産諸国の悲惨な実態を「社会主義の道から離れ去った覇権主義と官僚主義・専制主義」に置き、レーニン以降の指導部に責任があるとして本質的な誤謬に迫ろうとしません(『日本共産党綱領』=資料参照)。
 抑圧はすでにレーニン時代から始まっていました。覇権・官僚・専制主義に陥った原因を共産党は語ろうとしません。ヤコブレフ氏は誤りの原因を掘り下げ唯物論に行き着きますが、共産党はマルクス主義を金科玉条とし、人々を抑圧した責任をレーニン以降の「導部」に転嫁するのです。これでは共産党もまた、ソ連「指導部」の前轍を踏むことになるでしょう。

抑圧の原因を体制に転嫁

またマルクス主義者の中には「レーニン=スターリン体制」批判を試み、国家体制としての共産主義は間違っていたが、思想としての共産主義は正しいとする人々もいます。ユーロ・コミュニズムやその流れを引き継ぐフェミニズム、ジェンダーフリーなどの文化共産主義がそうです。
 これら新マルクス主義はマルクスが主張したような「労働生産物からの疎外」はあまり言い立てませんが、いずれも無神・唯物論に依拠し、抑圧の原因を体制や文明に転嫁しているのです。そのことによって人間疎外からの解放の道を閉ざしてしまいました。無神論・唯物論から解き放たれてこそ、真の人問性回復があるのです。次回は統一思想の人間疎外論を紹介します。

『日本共産党綱領』に見る責任転嫁論

 「レーニンが指導した最初の段階においては、おくれた社会経済状態からの出発という制約にもかかわらず、また、少なくない試行錯誤をともないながら、真剣に社会主義をめざす一連の積極的努力が記録された。しかし、レーニン死後、スターリンをはじめとする歴代指導部は、社会主義の原則を投げ捨てて、対外的には、他民族への侵略と抑圧という覇権主義の道、国内的には、国民から自由と民主主義を奪い、勤労人民を抑圧する官僚主義・専制主義の道を進んだ」
 「(東欧諸国の崩壊は)社会主義の失敗ではなく、社会主義の道から離れ去った覇権主義と官僚主義・専制主義の破産であった。…指導部が誤った道を進んだ結果、社会の実態としては、社会主義とは無縁な人間抑圧型の社会として、その解体を迎えた」
(『日本共産党綱領』)
 日本共産党はソ連や東欧共産諸国の抑圧や崩壊の原因を「社会主義の道から離れ去った覇権主義と官僚主義・専制主義」に置き、レーニン以降の指導部であるスターリンらが誤ったと責任転嫁している。これは結果論にすぎず、本質論から回避するものだ。

勝共思想講座 疎外論
勝共思想講座 唯物論
勝共思想講座 唯物弁証法
勝共思想講座 唯物史観
勝共思想講座 認識論
勝共思想講座 疎外論の克服
勝共思想講座 家族論