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人間疎外論の克服その6

真の愛による人間疎外の克服
人間の価値は真善美の尊厳性に基づくが故に、真の愛によってのみ疎外からの解放がある。統一思想による代案を提示する

マルクス主義の最大の誤りは、無神論・唯物論的な立場から人間疎外の解決をはかろうとしたことでした。それが解放どころか、かえって疎外を深め、二十世紀をして「血の粛清の世紀」とならしめてしまったのです。では、どうすれば人間疎外からの解放があるのでしょうか。それには無神論・唯物論とは180度違った視点を持た
なければなりません。無神論に対して有神論、唯物論に対して唯一論的な視点を持つべきである、というのが統一思想の立場です。真の愛によってのみ人間疎外からの解放が可能であるとみるのです。
 人間が最初にそして真に喪失したものは、すでに述べたように、マルクスのいう労働や労働生産物ではなくて、人間の価値であり人格でした。したがって人間疎外とは、人間の価値の喪失であり、人格の喪失であったのです。
 人間の価値とは、真善美の尊貴性のことであり、人格とは自らの責任において真善美の生活をすることのできる全人的品格をいいます。この真善美の価値または全人的品格の基盤となっているのが、愛(真の愛、神の愛)にほかなりません。神が人間を創造された目的は、家庭的な基盤を通じて神の愛を実現することであり、したがって価値の生活は本来、愛の実現を目的としているのです。
 すなわち、人間が真善美の生活をするということは神の愛をもって、家庭、隣人、社会、民族、国家、人類を愛し、それらに奉仕して、それらの人々を喜ばせることです。神の愛を実践するとき、神の愛が実践を通じて知的に表現されれば真となり、道徳的に表現されれば善となり、情的または芸術的に表現されれば美となります。すなわち価値とは愛の表現形態なのです。
 それゆえ人間の価値や人格の喪失とは、結局、愛(神の愛)の喪失のことです。愛は人間の本性の核心です。したがって、人間は愛を失うことによって実はその本性を失うことになったのです。ゆえに人間疎外は愛の疎外であると同時に人間本性の疎外でもあるということができます。
 マルクス主義はこうした見方ができずに、かえって疎外増大の思想となってしまったことはすでに紹介したところです。その理由を以下にまとめておきましょう。
 第一に、マルクス主義は徹底的に無神論であるということです。無神論では人間の本性を回復する道は完全にふさがれてしまいます。共産主義者がプロレタリア階級の代表、人民の代表を自称しながら、人民の抑圧者に変わっていったのも、神の愛から離れサタン的(自己中心的)な愛と欲望に支配されたからです。
 第二に、人間疎外の本質を外的なもの(労働生産物の疎外)として規定し、内的な心的原因を認めようとしなかったからです。
 人間の心の内にこそ人間疎外の原因があるにもかかわらず、その原因をすべて資本家や資本主義に帰したことによって、結局、問題解決ができず、共産主義者が彼らの立場にとってかわったのです。イエスはかつてこう言われました。「なぜ兄弟の目にある塵を見ながら、自分の日にある梁を認めないのか」と。共産主義者もこの偽善者の一人となっているのです。
 第三に、労働生産物を通じて得られる利潤(剰余価値)は労働者のみが生産したものであるといい、暴力的にそれを奪還すべきだと主張したことです。
 利潤は労働者だけが生産したものではないのに、共産主義者はそれを暴力的に奪取し独占することによって、かえって多くの人々を不幸に陥れたのです。
 このように共産主義はサタン的(自己中心的)な欲望に支配された思想だったといえます。
 ロシアの思想家ベルジャーエフがいみじくも、共産主義の正体をサタンの誘惑に負けた宗教であると見抜き、次のように述べています。
 「共産主義は、理論的にも実際的にも、社会現象であるばかりでなく、実に霊的、宗教的現象なのである。共産主義は、まさに一個の宗教として恐るべき力を有しているのである。それは宗教としてキリスト教に対立し、それを地上から抹殺しようとしている。共産主義はキリスト教が拒んだ『石をパンとこの世の王国とに代えようとするサタンの誘惑』に負けた宗教なのである」(『共産主義という名の宗教』)
 事実、神のみ言(石)を拒否して、経済(パン)を中心とした世界支配を目指したのが、共産主義であったといえるでしょう。
 統一思想による人間性回復の道は、神の愛を受け継いで、人間の本性を回復することです。それは神の愛を中心として、真善美の価値を実現しうるような人格を回復することを意味します。神の愛は絶対的な愛であり、それに基づいて実現される価値は絶対的な価値、すなわち絶対的な真善美となります。したがって、人間性の回復は、神の絶対的な愛を受け継いで絶対的価値を実現することといえます。言い換えれば、神の似姿になるということです。そこから真の人問性回復が始まるのです。

統一思想による代案

神の似姿になる→真の人間性の回復
神の似姿になるという意味
性相と形状の統一体

統一思想によれば、神とは第一に、「性相と形状の統一体」ととらえます。神の性相というのは「神の心」に相当し、全ての存在物(被造物)の無形な要素の根本原因となつているものです。形状とは質料、素材を意味しますが、無限なる形を現すことのできる可能性をもっており、全ての存在物の有形的部分の根本原因といえます。
 そしてこの性相と形状は神においてはばらばらにあるのではなく、一体的な中和体として存在しています。ですから物質を中心にする唯物論でも、精神を中心にする唯心論でもなく、それらは原因の世界においては一つの中和体であり、したがって統一思想を唯一論と呼ぶことができるでしょう。
 人間が神に似るとはこの「性相と形状の統一体」となって人格を完成することです。具体的には、性相(生心)と形状(内心)をそれぞれ主体と対象の立場で、円満な授受作用をしている状態を意味します。真善美の価値を追求する機能が生心であり、衣食住の生活を追求する機能が肉心ですので、価値の生活を一次的に先立てて、つまり優先させ、衣食住の生活を二次的、後次的に営みます。その真善美の価値の基盤は愛ですから、「性相と形状の統一体」とは、愛を中心として生きることをいいます。

陽性と陰性の調和体

第二に、神は「陽性と陰性の調和体」です。神における陽性と陰性とは、男と女、雄と雌、雄しべと雌しべ、陽イオンと陰イオンなど、全ての存在物における陽陰の原因的なものをいい、それが調和体として存在します。人間がそれに似るとは、性相と形状が統一されて人格的に完成した男と女が、神の愛を中心として夫婦となり、和合(調和)することをいいます。
 すなわち家庭を営むわけですが、家庭を通じて神の愛は父母の愛、夫婦の愛、子女の愛という三つの形態において分性的に現れます。私たちは家庭で祖父母、父母、子女がともに愛し合って生活することによって、神の愛を実生活において体験し、まさに神に似ることになるわけです。

個性体

第三に、神は「個別相」をもっています。個別相というのは創造に際して神の心(性相)の中に描かれた具体的・個別的な心象すなわち観念をいいます。神の個別相に似た人間を「個性体」といいます。神は無数の個別相をもち、その個別相一つ一つに似せて一人一人の人間をつくられました。それが神が人間一人一人の個性を通じて、自身の個別相を相対的に感知して喜びを得ようとされたからです。したがって人間の個性は神来性であって、変わりのない、かけがえのない貴重なものなのです。だからこそ、私たちは個性を尊重しなければならないのです。

心情的存在

第四に、神は「心情的存在」です。心情とは「愛を通じて喜びを得ようとする情的な衝動」すなわち「喜びへの衝動」であり、「愛の衝動」をいい、神の属性の中で最も本質的なものです。神が被造世界を創造されたのも、この心情に由来します。愛して喜びたいがために、愛の対象・喜びの対象が必要であったのです。
 人間は神の「心情的存在」に似て、万物(被造物)を認識し、愛(真の愛)を実践することによって喜びを得ようとする抑えきれない衝動をもっています。神と人と万物を愛し、神と人から愛され、万物からは美を受けることによって、真の喜びを得ようとするのが人間の本性なのです。

ロゴス的存在

第五に、神は「ロゴス的存在」、言い換えますと「規範的存在」です。ロゴスとは理法のことですが、それは理性と法則が一つになったものです。それゆえにロゴス(理法)に従うとは、理性による自由な認識や判断に基づきながら、法則に従うことを意味します。法則には形状的法則(自然法則)と性相的法則(倫理法則すなわら規範)がありますが、「ロゴス的存在」というときは規範すなわち性相的法則を遵守することのできる人間をいいます。

創造的存在

第六に、神は「創造性」をもっています。創造性とは、創造物をつくる能力をいいます。性相(心)の中で、知情意の機能と、観念、概念、数理、原則などの機能とを、授受作用して構想を立て、それを材料(形状)によって新生体を生じさせる、それが創造性です。人間はその創造性を賦与された「創造的存在」です。神の創造性は心情を中心とした創造性ですので、人間もまた、愛を中心とした創造性をもたなければなりません。それが神に似ることです。

愛的人間

このように、主として六つの点において神に似ているのが、人間の本性です。そのいずれも基盤になっているものが神の愛(真の愛)にほかなりません。それゆえ人間は「愛の存在」であり「愛的人間」といえるでしょう。

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