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マルクス主義認識論その2

唯物論から反映・模写説に
「存在によって意識が規定される」の唯物論の誤りを再び繰り返す
マルクス認識論とは─

物事を理解し悟ったりする、いわゆる認識の起源は何か、認識の本質は何か、認識の方法は何かといった問題は、すでに共産主義唯物論や弁証法的唯物論で見たように、観念論か唯物論かという本体論の問題と密接に結びついています。マルクス主義も認識論を重要視し、唯物弁証法の立場から認識論を提示し、従来の観念的認識論を克服したと主張しています。
 では、彼らの認識論とはどのようなものでしょうか。それは、認識とは客観的実在が意識に反映する(模写される)ことによってなされるという反映論(模写説)の立場に立ちます。すでに共産主義唯物論で見ましたように精神は高度に発達した物質(脳髄)の産物とし、唯物史観では「人間の意識がその存在を規定するのではなくて、逆に、人間の社会的存在が意識を規定する」(マルクス『経済学批判』)としました。
 このように存在が意識を規定するとの立場からマルクス主義認識論は必然的に、認識とは客観的実在が意識に反映(模写)されるという反映論・模写説になります。
 エンゲルスは「われわれは、現実の事物を絶対的概念のあれこれの段階の模写であると見るのではなしに、われわれの頭脳のなかの概念を、ふたたび唯物論的に、現実の事物の模写と解した」(「ルートヴィヒ・フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結」『全集』第二巻)と述べ、レーニンは「人間の意識は(人間の意識が存在している場合に)、それから独立して存在しており、かつ発展している外界を反映する」(『唯物論と経験批判論』)と述べています。
 反映論をコーンフォース(英国のマルクス主義哲学者)は、こう特徴付けます。
①物質的実在が第一次的であり、精神的反映は第二次的なものである。
②物質的実在は、脳髄のなかで、知覚と思惟という形態で、意識のうちに再生産(反映)される。
③反映は意識をもつ主体が、その外部の対象との間に能動的な関係(相互関係)を結ぶことによって起こる。
④意識における反映は、生産活動の産物である。
 このような人間の意識における客観的世界の反映は一回きりではありません。レーニンは「生き生きとした直観から抽象的思考へ、そしてこれから実践へ―これが真理の認識の、すなわち、客観的実在の認識の、弁証的な道筋である」(『哲学ノート』)と言います。
 毛沢東は『実践論』の中で「認識は実践にもとづいて浅いものから深いものへとすすむというのが、認識の発展過程にかんする弁証法的唯物論の理論である。…すなわち認識は低い段階では感性的なものとしてあらわれ、高い段階では論理的なものとしてあらわれるが、いずれの段階も一つの統一的な認識過程のなかの段階である。感性と理性という二つのものの性質はちがっているが、だからといって、それらはたがいに切りはなされたものではなく、実践の基礎の上で統一されている」としました。
 認識は存在の反映であり、それは実践によって弁証的に発展していくというのがマルクス主義認識論の見解です。

統一思想はどうみるか

マルクス主義認識論の批判に当たって、まず代案である統一思想に基づく統一認識論を提示することにします。それによって批判と克服が明確になるでしょう。
 認識の起源について統一思想は、認識の主体(人間)と認識の対象(万物)は偶然的関係ではなく、必然的関係にあると見ます。人間が万物の主管主であり、万物は人間に喜びを与える対象として創造されたからです。従来の認識論は人間と万物の関係を偶然的とし、合理論(理性論)は認識の主体に重きを置いて理性(または悟性)が推論するままに認識がなされるとし、経験論は対象に重きを置いて感覚を通じて対象をそのまま捉えることによって認識がなされると主張しました。
 これに対して人間と万物が必然的関係にあると見る統一認識論では、認識の起源は経験と理性(悟性)の統一であると主張します。経験によって得られた対象の観念(対象の情報が脳に到達し観念化されたもの)と主体が既に持っている観念(原型と呼ぶ)が悟性によって照合されることによって認識は成立し、次に悟性によって判断された認識の内容を理性が複合、連合しながら思惟すると見るのです。
 認識対象の本質について統一思想は、万物は人間の外部に存在(実在)すること、すなわち実在論を認めます。
 人間は創造性をもって万物を主管し(加工や飼育など)、そのために万物は主管の対象として人間の外部に人間と独立して存在しなければなりません。また人間は万物の総合実体相すなわち宇宙の縮小体(小宇宙)であり、それゆえにすべての万物の構造、要素、素性をことごとく備えていると見ます。言い換えれば、人間を標本として象徴的に人間に似せて創造されたのが万物で、主体(人間)と対象(万物)は相似性をなしています。
 それゆえに人間の心は、潜在意識の中に自身の肉身に関するすべての観念をもっています。人間の心の中にある観念は人間の肉身と相似性をなしており、その肉身は万物と相似性をなしているので、人間の心の中には外界に存在する万物と相似的な観念が存在します。
 認識は必ず判断を伴いますが、判断とは一定の測定作用で、その測定には基準(尺度)が必要です。認識における基準となっているのが、主体の中にある観念で、それを原型といいます。この原型(内的映像)と外界の対象からくる映像(外的映像)とが照合されて、両者の一致・不一致が決定されることが判断であり、これが認識なのです。
 それで統一認識論は照合論となります。このように統一認識論は実在論と観念論(主観的観念論)を統一しています。この視点からマルクス主義認識論を再考すると、その誤りがより一層、明白になり、代案が導き出されます。

階級闘争のための認識論

 マルクス主義認識論は、自然界に対する認識がいかになされるかという面も扱っているが、それだけではない。社会の発展に関する認識、すなわち歴史発展法則の発見に関する認識について特に重視しているのが特徴である。そこから認識は実践のためにあり、実践によって認識は深まっていくとされ、それによって革命観も導き出された。
 1960年代から70年代にかけて、極左過激派は大学の新入生をデモに動員して機動隊とぶつからせ、そうした実践によって「権力の暴力的本質の認識を深めた」などと称した。これもマルクス主義認識論にもとづく実践だった。彼らにとって実践とは、理論的には生産活動をはじめとしてあらゆる領域の社会的実践を指しているが、何よりも重視したのが階級闘争(革命)だった。
 毛沢東が「なかでも、さまざまな形態の階級闘争は、人間の認識の発展に深い影響をあたえる。…あらゆる思想は階級的烙印をおされている」(『実践論・矛盾論』)と述べているように、マルクス主義認識論は革命(階級闘争)と密接に結びついており、マルクス主義理論の重要な一分野と言ってよい。

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