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唯物史観その5

架空の「生産関係桎梏論」
[キーポイント]

唯物史観の大きな柱になっている考え方に「生産関係は生産力の発展に照応する」、そして「生産関係は生産力の発展に対して桎梏(※しっこく)と化す」というものがあります。これは、奴隷や金属製の農器具を生産力としていたときには奴隷制社会(生産関係)だったのが、農奴と改良された鉄製農器具が生産力となると封建制社会(生産関係)になるように、それぞれの生産力に照応して生産関係が現れる、そして生産力は不断に発展していくのに対して生産関係はいったんでき上がるとそれが固定化し、生産力の発展に対して桎梏(手かせ足かせ=束縛)と化す、そこで必然的に革命が起こり生産関係が変化するというものです。革命必然論の唯物史観の真骨頂なのがこの「法則」ですが、史実にはない架空の理論です。

その主張と批判

唯物史観は次のようにいいます。
「まず、社会の生産力が変化し、発展してそのあとに、それらの変化に依存し、照応して、人間の生産関係、人間の経済関係が変化する」(スターリン『弁証法的唯物論と史的唯物論』) 「歴史上の社会の生産力の変化と発展に応じて、人間の生産関係、彼らの経済関係も変化し発展した。歴史上には、生産関係の5つの基本的な型、すなわち原始共同体的、奴隷制的、封建的、資本主義的、社会主義的な型が知られる」(同)
 すでに述べましたように唯物史観は、生産力は不断に発展するとします。その生産力に照らし合わせて、つまり対応して生産関係ができるというのです。
 石器や弓矢を生産力としていたときには原始共同体であったのが、奴隷と金属製の農器具が生産力となると奴隷制社会になり、農奴と改良された鉄製農器具が生産力となると封建制社会になり、さらに労働者と機械が生産力となると資本主義社会になったというふうに、それぞれ生産力に照応して生産関係が現れたというのです。
 すると、資本主義社会の下で生産力が発展していくと、やがて生産力の発展に照応して社会主義社会になり、ついには共産主義社会が到来するということになります。

このように生産力の発展に照応して、ある生産関係が成立しますが、生産力は絶えず発展するのに対して生産関係はいったん成立すると、そのまま固定化しようとする傾向があるので、やがて生産力の発展に対して生産関係はその桎梏(手かせ足かせ)と化してそれを束縛するようになるといいます。そこで既存の生産関係は打破されて新しい生産関係が打ち立てられるというのです。
 ここから革命論が導きだされることになります。
 唯物史観によれば、生産力を担っているのは被支配階級であるところの勤労大衆であり、また生産関係は支配階級が被支配階級を搾取するような社会構造であるから、生産力の発展に対する生産関係の桎梏化とは、具体的には支配階級と被支配階級の闘争ということになります。つまるところ、階級闘争(革命)によって古い生産関係は打破されて新しい生産関係が打ち立てられるとするのです。

以上の唯物史観に対して誰でも疑問に抱くのは次のことでしょう。
 生産関係が生産力の発展に照応するというなら、資本主義社会の生産力よりも社会主義社会の生産力のほうが発展していなければならないはずです。しかし現実の世界では、旧ソ連や中国などの社会主義諸国の生産力は資本主義社会のそれよりもはるかに劣っています。現実は唯物史観の事実とはまったく違っているのではないか、と。
 事実はこの疑問のとおりです。生産力の発展に照応して生産関係が発展するという唯物史観の法則は現実の社会を見れば、どこにもない存在しない空論なのです。
 旧ソ連に社会主義社会が生まれたのは、生産力の発展に照応したからではありません。レーニンとトロツキーを中心とするボリシェヴィキが武力によって権力を奪取し(十月革命)、その後の憲法制定会議(国会)選挙で得票率24%で惨敗したことから、翌18年1月に再び武力で国会を制圧してボリシェヴィキ政権を樹立、レーニンらロシア共産党が強権を発動して彼らの「意志」によって社会主義社会を樹立したというのが真相です。
 一方、ロシアと同程度の生産力をもっていた西欧諸国は暴力革命を採らず平和的な方法で議会を通じて社会を改善して資本主義社会を作ったといえます。もし生産力の発展に照応して生産関係が現れるなら、ロシアも西欧も同じようなコースをたどることになりますが、そうではないのです。つまり、ロシアで社会主義社会が登場したのも、西欧で資本主義社会が登場したのも人間の「意志」が決定的役割を果たしたのです。

マルクスは社会革命を生産関係の生産力の発展に対する桎梏化によって起こるとしましたが、これも事実に反します。それをフランス革命で見てみましょう。
 レーニンは『マルク主義の三つの源泉』の中でフランス革命についてこう述べています。
「封建制度と農奴制の没落にともなう嵐のようなフランス革命は、階級闘争が全発展の基礎であり推進力であったことを、ますます明瞭に示した」
 フランス革命を唯物史観で説明すると、この革命は国王、聖職者、貴族たちを支配階級とする生産関係が、農民や商工業市民(中産層=ブルジョアジー)によって推進された生産力の発展を遮ったために起こった革命です。封建制の被支配階級の中心である農民が貴族、僧侶、領主らの支配階級を打倒したのがフランス革命というわけです。
 しかし、事実はどうでしょうか。アンシャン・レジーム(旧体制)の中で革命の口火を切ったのは実は僧侶や貴族でした。たとえば『第三身分とは何か』というパンフレットを印刷し革命の波を起こしたシーエスという人は、壮麗な大聖堂をもつシャトルの副司教つまり僧侶でした。また『プロヴァン人に与う』を著し絶対王政批判を展開したミラボーという人は貴族でした。フランス革命初期の革命の主導者はルイ16世の王政に反抗する僧侶や貴族らだったのです。
 また「被支配階級」の中にも、豊かな商人や農民と小生産者(貧しく職人や農民)との利害の対立が著しく、封建体制を打破して資本主義を求める側と旧体制擁護の側に分かれていました。資本主義的自由によって利益を受けるのは、少数の豊かな商人と豪農に限られ、全人口の圧倒的多数を占める貧しい農民と職人の多くは、むしろ農村共同体やギルドといった古い秩序による保護を求めていたのです。
 フランス革命は僧侶や貴族が主導権を握った第一革命から5段階のプロセスをたどり、最後の第五革命では下層民と農民を代表する急進最左派の山岳派(ジャコンバン派)が支配することになりますが、同派のロベスピエールの恐怖政治によって瓦解し、結局、ナポレオンによって収拾されます。フランス革命はレーニンがいうような唯物史観の法則通りに展開などしていないのです。

フランス革命のみならず、奴隷制社会が封建制社会へと移行するときも、唯物史観の法則は当てはまりません。たとえばローマ帝国はキリスト教の伝搬とゲルマン民族の侵入によって滅ぼされたのであり、その後は他部族(ゲルマン民族)の王や豪族が支配階級(領主)になりました。奴隷社会の担い手であったはずの奴隷が台頭して奴隷制社会を打倒したのではなかったのです。
 つまり、新しい社会を追求する指導者と古い社会の指導者の闘争というのが、社会革命の真の姿なのです。「生産関係の生産力に対する桎梏化」は、資本主義を打倒するために暴力革命を正当化する捏造された虚構の法則にすぎません。

資 料
生産関係の生産力の発展に対する桎梏化による革命必然論を唱えるマルクスの見解

 「社会の物質的生産諸力は、その発展がある段階に達すると、いままでそれがそのなかで動いてきた既存の生産諸関係、あるいはその法的表現にすぎない所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、生産諸力の発展諸形態からその桎梏へと一変する。このとき社会革命の時期がはじまるのである」
(『経済学批判』)

代 案
生産関係発展の主因

 統一思想から見た場合、生産関係は必ずしも生産力の発展に照応して決定されるものではない。生産関係は客観的な物質的関係ではなく、人間の意志と社会的・物質的条件の統一体である。そこにおいて人間の意志が主体であり、社会的・物質的条件が対象である。したがって生産関係は、社会の指導的立場にある政治指導者たちの総合的な意志によって決定されながら発展してきたといえる。

欲望の衝突としての社会革命

 マルクスは社会革命を生産関係の生産力の発展に対する桎梏化によって起こるとの物質的現象であると見なしたが、統一思想から見れば、それは欲望と欲望の衝突であると見る。フランス革命では旧体制側の権力欲や支配欲とその変革を目指す一部貴族、僧侶の欲望、さらなる利益を得たいブルジョアや農民らの欲望の衝突である。生産関係桎梏化という物質的現象ならば人間の意志によって調整できないが、一者の欲望の他者に対する欲望の桎梏化であるとすれば欲望を調整することによってその衝突は回避できる。

フランス革命の場合

 フランス革命でいえば、ルイ14世~ルイ16世が善なる欲望で事態に対応すれば革命が回避できたといえる。つまり14世がナントの勅令を廃止(1685年)しない、新教徒ユグノーを圧迫しない、有能な商工業者であった彼らを追放しない、さらにルイ16世が国民的人気のあった財務長官ネッケルを罷免しない、軍隊による議会への威嚇などを行わない(以上、歴史的事実の逆)といった行動をとっていれば、革命は起こっていなかったと考えられる。
 つまり国王自身が欲望を善なる方向へと変えてよい政策を用いたならば暴力的革命が起こらず、平和的に社会制度を改善できた。ロシアと西欧諸国の発展プロセスの対比がそうである。

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